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東京地方裁判所 平成4年(刑わ)2261号 判決

被告人

主文

被告人を懲役一年四月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、Aが多額の負債を抱え破産状態であることを聞知し、同人所有にかかる東京都北区〈以下省略〉の土地(宅地一七三・一四平方メートル)及び同地上の建物(軽量鉄骨造瓦陸屋根三階建店舗居宅一棟、延床面積三六九・二二平方メートル)を賃借した事実がないのにこれあるように装って、右不動産の競売から入札希望者を排除するなどしようと企て

第一  平成三年九月二七日、同区王子六丁目二番六六号東京法務局北出張所において、同所登記官に対し、真実は前記Aと自己との間で前記建物につき賃貸借契約を締結した事実がないのにこれあるように装い、右建物について右Aを登記義務者、自己を登記権利者とする賃借権設定仮登記の申請をし、よって、そのころ同所において、右登記官をして建物登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時同所にこれを備え付けさせて行使した

第二  平成四年一月一七日、同区〈以下省略〉の前記建物において、平成三年一二月一三日に東京地方裁判所が前記Aの債権者aファイナンス株式会社の申立てによりなした前記土地建物の不動産競売開始決定に基づきその現況調査に訪れた東京地方裁判所執行官Bに対し、真実は、Cが右土地建物の賃借権を取得し、自己がこれを右Cから譲り受けた事実も、自己が右Aに一五〇〇万円の債権を有している事実もないのに、いずれもこれあるように装い、「自分は本件土地建物につきCの賃借権仮登記を引き継ぎ、正当な賃借人として賃借している。自分もAに一五〇〇万円出しており、債権保全のためにこの建物に入っている。」旨虚偽の事実を申し向け、同執行官をして右土地建物の現況調査報告書にその旨虚偽の記載をさせ、もって、偽計を用いて公の入札の公正を害する行為をした

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

一  被告人は、公判廷において、公訴事実記載の土地建物(以下、「本件土地、建物」ともいう。)については、その所有者であるA(以下、「A」という。)との間で賃貸借契約を締結していたものであるから、公訴事実第一記載の登記は真実に合致するものである、また、公訴事実第二記載の執行官に述べた事実は虚偽ではない旨述べてるる弁解しており、弁護人も、被告人はAとの間で、本件建物につき、真に使用収益することを目的として賃貸借の合意をしたもので、その旨の賃借権設定の仮登記は客観的に重要な事項については真実に合致するものであるから、被告人は公訴事実第一につき無罪であると主張するので、検討するのに、関係各証拠を総合すると、以下の各事実を認めることができる。すなわち、

1  Aは、本件建物に居住し、スナック「b」を経営していたが、平成三年九月時点において、総額三億円を超える負債を抱えて破産状態に陥っていたところ、平成三年九月一〇日、知人の紹介で弁護士Dに相談し、同弁護士から債務を整理する手段としては破産申立てしかないとの回答を受け、同弁護士にクレジットカード及び小切手用紙を預けた。他方、そのころ、Aは、友人のEから相談相手として紹介されたFを通じて銀行関係に強いという被告人を紹介されて、同月一二日にはD弁護士への依頼を断った。Aは、同月一三日及び一四日の両日、被告人から紹介された宝石ブローカーのGとともに香港に行き、自己のクレジットカードを使用して、宝石、貴金属類を購入し、帰国後まもなく本件建物から退去した。

2  Aと被告人との間では、Aが本件土地建物を被告人に賃貸する旨の同月二六日付け土地建物賃貸借契約書一通及びAが本件土地建物をCに賃貸する旨の同月一三日付け土地建物賃貸借契約書一通(これらの内容は全く同じで、本日敷金として一二〇〇万円を受領した旨、建物賃貸期間三年、土地賃貸期間五年、土地建物の賃料は一平方メートル当たり、一か月一六〇〇円、三年分二三一〇万円を前受領した旨の各記載がある。)、本件土地建物について、被告人を根抵当権者、Aを債務者とする同月二六日付け根抵当権設定契約書一通(極度額金三〇〇〇万円)及び本件土地建物について、Cを根抵当権者、Aを債務者とする同月一三日付け根抵当権設定契約書一通(極度額金三五〇〇万円)、被告人宛のAを借主とする金一〇〇〇万円の平成二年七月一五日付け金銭借用証書一通(利息弁済期毎月末日、元金弁済期同年一〇月一五日)、被告人宛のAを借主とする金一五〇〇万円の平成三年五月三一日付け金銭借用証書一通(利息弁済期毎月末日、元金弁済期同年八月三一日)、被告人宛のAを借主とする金二五〇〇万円の同年五月三一日付け金銭借用証書一通(利息弁済期毎月末日、元金弁済期同年一一月末日)、Aが被告人から一〇〇〇万円を借用金として受領した旨の平成二年七月一五日付け領収証一通、Aが被告人から一五〇〇万円を借用金として受領した旨の平成三年五月三一日付け領収証一通、Aが被告人から四〇〇万円を保証金として受領した旨の同年九月一日付け領収証一通、A名義の敷金受領書一通(金額、名宛人、日付欄白地)、引渡証明書一通(名宛人、日付欄白地)、建物賃料受領書一通(金額、名宛人、日付欄白地)、承諾書及び委任状各一通(白地)の各書類が作成されており、印鑑登録証明書、住民票等とともに被告人に交付されていた。

3  被告人は、平成三年九月一一日、本件土地建物の登記簿謄本各三通の交付申請をし、同月一二日AとともにH司法書士と会い、同月一三日、本件土地建物につき、いずれも権利者をCとする極度額三五〇〇万円の根抵当権設定仮登記及び賃借権設定仮登記の申請をし、同日、右各登記を了した。さらに、被告人は、同月下旬ころ、JR神田駅構内の喫茶店「エリゼ」において、A及び被告人の内妻のI(以下、「I」という。)らとともに、AがIに本件建物を賃貸する旨の同年七月二五日付け建物賃貸借契約書二通(本件建物二階、三階部分につき各一通宛)及びAのI宛の領収書三通を作成し、右各書類作成後神田公証役場に赴き、右建物賃貸借契約書二通の外、被告人とAとの間の前記金銭借用証書(金一〇〇〇万円及び金一五〇〇万円についてのもの)につき、それぞれ賃貸借契約公正証書及び債務弁済契約公正証書の作成を申請した。

4  しかし、Aは、その後公証役場には出頭せず、被告人との交渉を断ち、同月二六日東京地方裁判所に破産の申立てをした。他方、被告人は、いずれも自らを権利者として、同日、本件建物につき賃借権設定仮登記(原因証書は前記の被告人とAとの間の土地建物賃貸借契約書)の申請をし、また、翌二七日、本件土地建物につき根抵当権設定仮登記(原因証書は前記の被告人とAとの間の根抵当権設定契約書)の申請をし、同日、右各登記を了した。

5  Aは、同年一〇月一四日東京地方裁判所で破産宣告を受け、弁護士Jが破産管財人に選任された。J管財人は、同日、Aから事情聴取をした上、本件建物の鍵や実印、また、Aが持っていたGの名刺や故Kに対する債権書類等を預かるほか、池袋所在のAの経営するスナック「パブb」に赴き、同店の従業員Lから事情聴取するなどの調査を実施し、同月一五日には本件建物に赴いて被告人からも事情聴取をしたが、被告人は、「自分はCさんから借りている。Iさんも破産者から借りている。その契約書は神田公証役場にある。」旨述べていた。その後も、J管財人は被告人から事情聴取すべく、面接を求めたが、被告人がこれに応じなかったため、被告人からの事情聴取を打ち切った。

6  本件土地建物については、同年一二月一三日、Aの債権者であるaファイナンス株式会社の申立てにより、不動産競売開始決定がなされ、平成四年一月一七日、東京地方裁判所執行官Bが現況調査のため本件土地建物に赴いたが、被告人は、B執行官に対し、「自分は本件土地建物につきCの賃借権仮登記を引き継ぎ、正当な賃借人として賃借している。自分もAに一五〇〇万円出しており、債権保全のためにこの建物に入っている。」旨申告した。

7  その後、被告人は、前記内妻のI1ことI外一名の女性に本件建物の二階の一部を賃貸する旨の建物賃貸借契約書を作成し、同年五月ころから、本件建物でスナック「はる」の開店準備を進めたが、被告人の右行為に対して、前記aファイナンス株式会社から保全処分の申立てがなされ、東京地方裁判所において、同月二九日、被告人に対し、七日以内の退去を命じる保全命令が発せられた。しかし、被告人はこれを無視し、この後も本件建物の占有を継続した。

なお、被告人からAに対し、この間、金員が交付された事実はなかった。

二  以上の事実が認められるところ、証人Aの公判供述中(第三回公判調書中の同人の供述部分及び同人の当公判廷における供述)には、確かに信用性に欠けるか又はこれに乏しいと思われる部分のあることは否定できないものの、同証人は破産に瀕した当時の状況から何とか脱却しようとして、被告人からの不正な申出に応じて積極的にこれに協力したことなどを、逡巡としながらも、自らの恥部に触れつつ供述しており、その主要な部分、すなわち、「Fの紹介で被告人と知り合い、被告人から、『自分が弁護士と相談しながら債権者に会って返済方法を決めてあげる。そのときに債権者に見せる書類が必要になる。赤羽の家を三か月くらい留守にして、どこかに行っていなさい。その間、電話番を入れる。そうすれば、一〇〇〇万円出せる。』などと言われた。この一〇〇〇万円の性質につき詳しく考えなかったが、いずれにしても自由に使ってよい金だと思った。そして、被告人の言うとおりに、白紙の委任状などを渡し、本件土地建物の賃貸借契約書、根抵当権設定契約書等を作った。その後、九月中旬に赤羽の家を出て、知人宅に身を寄せていたが、被告人から、『債権者と話をするときに、公正証書を見せる。』と言われて、神田駅構内の喫茶店に行き、書類を書き、神田の公証役場に行った。その後再び公証役場に行くことになっていたが、被告人は約束の金を渡してくれないので、公証役場には行かなかった。」との部分については基本的に一貫していて、反対尋問に対しても動揺することなく、前記認定の事実の外、関係証拠から認められる客観的事実ともよく符合しており、証人Jの公判供述とも合致し、これに裏付けられているのであって、被告人との関係に関する限り、基本的部分において信用性に欠けるところはないものと考えられる。

そして、被告人自身捜査段階において、これら証人の供述と符合する供述をしており、その任意性に疑いを容れる余地はないのであるから、そうだとすると、本件土地建物についての被告人とAとの賃貸借契約は、当事者の真意に基づかない、将来行われるであろう競売から入札希望者を排除することを目的としたものか、あるいは正当な買受人から立退料を取ることを目的とした仮装のものと断定して妨げないものというべきである。

なお、証人Mの公判供述中には、被告人とAとの間の本件建物の賃貸借契約の登記申請をするに当たり、同証人が司法書士として、被告人とAから、それぞれ意思の確認をしたとの供述部分があるが、他方、右賃貸借契約と同時になされた根抵当権設定契約は全く実体を伴わない虚偽のものである上(これは被告人自身自認するところである)、土地建物賃貸借契約中においても、賃料などその主要な部分について虚偽があることは被告人自身が認めているところであり、こうした事情に、情を知らない司法書士を利用して実体のない登記手続が行われることが往々見られることなどを併せ考えると、司法書士によって被告人とAの意思の確認がなされたことをもって、右両者の間に真実賃貸借の合意があったと断ずることはできないというべきである。したがって、証人Mの公判供述も、前記認定を左右するものではない。

また、被告人が公訴事実第二記載の執行官に述べた事実が虚偽ではないとの被告人の弁解が、関係証拠に照らして、到底信用できないものであることは多言を要しないところである。

以上の次第で、被告人の弁解はいずれも排斥を免れず、弁護人の主張は理由がない。

(累犯前科)

被告人は、①昭和六〇年七月三一日東京地方裁判所で道路交通法違反罪により懲役四月(五年間執行猶予保護観察付、昭和六二年六月一八日右猶予取消)に処せられ、昭和六三年一月二〇日右刑の執行を受け終わり、②右①の罪の刑の執行猶予期間中に犯した賭博開張等図利幇助罪により昭和六二年一月二〇日同裁判所で懲役六月に処せられ、昭和六二年九月二〇日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び右②の前科の判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の行為のうち、公正証書原本不実記載の点は刑法一五七条一項に、同行使の点は同法一五八条一項、一五七条一項に、判示第二の行為は同法九六条の三第一項にそれぞれ該当するが、判示第一の公正証書原本不実記載と同行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い同行使罪の刑で処断することとし、右各罪についていずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前記の各前科があるので、同法五六条一項、五七条により右各罪の刑につきいずれも再犯の加重をし、右は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年四月に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、総額三億円を超える債務を抱えて破産状態に陥っていたスナック経営者の窮状に乗じて、同人所有にかかる土地建物の賃貸借契約書を作成し、あたかも被告人が正当な賃借人であるかのように装うなどして右土地建物を占拠し、右土地建物の競売から入札希望者を排除し、ひいては競落人から立退料などの名目で不当な利益を得ようとした事案であって、犯行の動機に酌むべき事情は全くなく、また、犯行の態様も、巨額の負債を抱える債務者に金銭の交付を約束するなどして、巧みに被告人を信用させた上、正当な債権者に対抗するために、本件土地建物に複雑な権利関係が存在するかのように仮装するべく、架空の内容の土地建物賃貸借契約書等を多数作成させて本件建物にその仮登記を設定し、登記制度に対する一般人の信頼を害するとともに、競売開始決定に伴い、現況調査に訪れた執行官に対しても虚偽の事実を申し向けて、現況調査報告書に虚偽の記載をさせたものであって、裁判所の実施する競売手続の公正を著しく害する行為を行ったものであり、計画的、かつ巧妙、狡猾な犯行というほかはない。ところが、被告人は、捜査段階においては、本件各犯行を認め、反省の弁を述べていたものの、公判廷においては、一転して自己が本件建物の正当な賃借人であるかのように強弁し、不自然、かつ不合理極まりない弁解に終始しているのであって、そこには真摯な反省の態度は微塵も窮うことができないのである。加えて、被告人には、罪質を異にするとはいえ、前記の累犯となる前科の罪により服役をしたことがあるにもかかわらず、これに懲りることなく、本件各犯行に及んでいるもので、こうした事情を併せ考えると、被告人の規範意識の欠如には軽視しえないものがあるといわざるを得ず、被告人は厳しい非難を免れない。

そうすると、被告人の責任は重いというべきで、被告人に対しては厳罰をもって臨むほかはなく、被告人に対しては主文掲記の刑を科することはやむを得ないと考えられる(求刑懲役一年六月)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 田島清茂 丹羽敏彦)

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